南米3カ国の旅(2004.5/21〜 6/4)








以前から是非行って見たかった「ペルー・アルゼンチン・ブラジル」のツアーへ夫婦で参加した。
15日間の旅で冬から夏までの支度でスーツケースも結構満杯状態で出発、息子に駅まで送ってもらって伊丹空港へ。
添乗員の大河内律子さんに対面。伊丹→羽田→成田で約5時間。成田→ロスアンゼルスまで約9時間40分。給油のため一旦ロスの空港に全員降りて1時間半の空港内滞在だけに入国審査を受ける長い行列に、ブーイング。
結局ほとんど行列で終わった1時間。ロスから12時間40分で早朝にサンパウロ到着。
飛行機内で2泊したことになる。更に空路2時間40分でアルゼンチンのブエノスアイレスにやっと到着。久し振りに地面を踏む感じで早速、バスで市内観光。

























5/22(土)2日目
曇り空の中、川幅50kmという海のようなラプラタ河の前のお店で昼食。
アサードという、でっかいステーキが出てみんなびっくり。硬くて私は噛みきれなくて3分の1ほどでギブアップ、夫は完食。14人の参加の方々は健啖家が多く羨ましい。
午後、現地ガイドはアルゼンチン生れの2世、マリア菊地さんの案内でコロン劇場やメトロポリターナ大聖堂、国会議事堂などスペイン統治時代の建築物は重厚で、ヨーロッパのよう。国民はスペイン系30%、イタリア系30%、ユダヤ系30%、と白人が90%を占め、日本人も3万8千人とのこと。アルゼンチンは南米のスイスと言われている。
タンゴ発祥の地、カミニートはカラフルな建物が立ち並び、若い芸術家の絵画などが露店で売られていた。7月9日通りの街路樹のジャカランタに紫の花が咲いて美しい。
 夜は「哀愁のタンゴショー」を見るディナーショー。夕食は8時過ぎからでショーは午後10時から始まり12時まで。足さばきが見事な情熱的なダンスやアコーディオン演奏に拍手喝采。飛行機に乗り詰めで、眠くなってきた。

























カミニート











5/23(日)3日目
 ブエノスアイレスは1泊だけで空路一時間45分でイグアス空港。今は、初冬で午前は23度、昼は30度、夜は10度になるという。
今日はブラジル側から世界遺産のイグアスの滝を見るため、バスで国境を越える。亜熱帯で蒸し暑い中、昼食の店へ。この頃から、夫が食欲もなく、しんどそう。元気な夫がスープしか飲めないなんて初めてで私には信じられない。
心配したが、少しづつ元気を取り戻し、その後は何ともなく、あれは何だったのか?気になる。
今夜のホテル「トロピカル ダス カタラタス」の前でバスを降りて、カッパを着て傘とカメラをしっかり持ってトレッキング開始。
現地ガイドの服部さんは日本人の奥さんと19年前にブラジルへ来て農園をしていたが天候管理が大変だったとの事で、今はガイドで生計をたてているらしい。1908年に日本人の移民が始まって、今では123万人になり2008年には移民100年祭をするとのこと。
目の前に大きな滝が広がり「すごーい!」という声があがる。カメラをビニールでかぶせながら、シャッターを切る。歩いて大きな滝の下まで観光できる道を何通りも作ってあり、次から次へと滝があらわれて、大感激! 高さ80mから轟き落ちる様は、雄大としか言いようがない。約4km、大小約300の滝が段をなして連なり、圧巻!
野生のアライグマが何匹も姿を見せ、カメラに収めて孫に見せるのが楽しみ。
泊まるホテルの目の前に雄大な滝が広がり、何度見ても飽きない。













































































































5/24(月)4日目
 朝から雨の中、今日はアルゼンチン側から滝を見るためバスで移動。ガイドの服部さんの説明がおもしろい。
「ブラジルは千差万別、ピンからキリ」など含蓄のある表現。日本人は「ガランチード」と言われ、信用がおかれているとのこと。
トロッコ電車の駅のホームで並び、欧米人の観光客と一緒に満員の中、終点まで行き、そこからはイグアス河に架けて作られた遊歩道を歩くこと、20〜30分で、ゴォーという音とともに、目の前にドッドーンと、ものすごい量の水が落ちていくのが見えてくる。
これが有名な「悪魔ののどぶえ」、滝と一緒に吸い込まれて落ちて行きそうで恐い位。
今までで、最高の滝!!プロのカメラマンに記念に写真を撮ってもらった。雨としぶきでくしゃくしゃになって感激の一枚になった。
 又、トロッコ電車で戻って途中下車。ガイドさんの案内で森の中の遊歩道を進むと、次から次へと滝が現れる。どこから見ても、素晴らしい!木々も美しく花々も可愛い。
昼食にシャラトンホテルで休憩。マテ茶を飲んで疲労回復。もう充分、滝を満喫したが午後もまた、別のビューから滝を見るトレッキングとのことで、私は痛い足を無理して歩いているので、ホテルで待機することに決めた。
まだ10日間も旅があるし大事をとった。もう1人の方と私を残して夫も元気に出発した。
2日間かけてイグアスの滝を堪能出来、満足!帰りにお土産やさんでブラジルのコーヒーを買ったが最後まで重かった。
お店の横に、動物園の鳥ネットのような中に、ブラジルの国鳥「ツッカーノ」が居た。大きな嘴は黄色で太く、体は黒、シッポがオレンジ色、50〜60cm位。赤や青や緑色ののオウムが居て、止まり木に並んでいる様はカラフルで、さすがブラジル、美しかった。









































































5/25(火)5日目
 今日の予定は、飛行機でアマゾン川の町「マナウス」へ移動の筈だったが、イグアスの空港が昨夜の大雨とキリのため閉鎖している。
ホテルで待機、10時集合まだ待機、12時部屋に電話連絡で、12時40分にロビーまでサンドイッチを受けとりにくるようとのこと。
今日は飛行機飛べへんなぁと、ロビーに降りがてら、何度見ても飽きないので、ホテルの前を降りて滝を見ていると、添乗員の大河内さんが大声で「出発します!早く戻って下さい!」とみんなで叱られた。
大あわてでスーツケースを2階から自分で運んでバスに乗り込む。
イグアス空港14:45発→リオデジャネイロ16:15→サンパウロ17:45着で、今日は予定のマナウスへ行けない。天候による場合はホテル代は我々の勘定となるとのことだが、ブラジル航空の手配でサンパウロエアポートホテルに急遽泊まる。
夕方と翌日だけのガイドの山下せいこさんは「遠い日本からサンパウロへ良くお越し下さいました」と嬉しそうに説明してくれる。
「ブラジル人は日頃健康管理をしないで薬に頼る。薬局が繁盛する」話など興味深かった。確かに地球の裏側へやってきたのだなぁと感慨深い。ブラジルはポルトガル語で、「おはよう」は「ボンジーア」、「ありがとう」は「オブリガード」、「さよなら」は「チャオ」などと教えて頂く。
今日は朝から何となく気疲れで、ビジネスホテルのような部屋ですぐに寝た。













































































































5/26(水)6日目
 いよいよアマゾンへ。サンパウロ10:45→リオデジャネイロ→マナウス着は14時頃。
前日から待ち構えていたという現地ガイドは、19才で日本から渡ってきた日系1世の野崎さんはベテランの65才。
早速、アマゾン河までバスで移動。海辺の市場では見たこともない大きな魚が並んでいて、「これがピラニアです」と少しピンクがかった小ぶりの魚が、トロいっぱい入っていてビックリ。船には東京からのツアー客と一緒だった。
これも海のような広いアマゾン河を下っていく。ブラジル側の川の色と、ペル-から流れてくる川の色が、くっきり違いが分る。水上レストランに船を横付けして下りて軽食を頂く。












「これがピラルクのから揚げです。これもピラルクです。ここでしか食べれません」と聞いて珍しいので食べてみたが非常に美味しい。夫が会社時代の先輩の方から、「ピラルクという魚のうろこを買って来て欲しい」と頼まれていて、添乗員さんに聞いても知らなかったが、ここマナウスに「太古の時代から生きている魚の化石」という珍魚に会えた。
1枚のうろこの大きさが10cm程だから、その大きさは5メートル以上という凄い魚だった。それを今の時代に食べれるなんて感激!
 いよいよ小舟に4〜5人づつ分かれて「ピラニア釣り」に出発。私たちは小島さんご夫婦と一諸の船で、結構の速さでモーターの音を響かせて河をさかのぼって行く。ポイントらしい場所で1人づつ竿を持たせてくれる。
えさは牛肉のよう。私は釣りは初めてで、よく分らないが、時々ピクピクと引いているのが感じられるが、竿を上げても何もかからない。
























小1時間ほどで、みんな「釣れた!」という歓声があちこちから。私たちの船で一番に釣ったのは添乗員さん、次に小島さんのご主人で、夫も1匹釣れたので、記念に写真をパチリ。私だけ最後まで釣れなかったが楽しかった。
周囲は日が暮れかけて、夕焼けで空が真っ赤でジャングルの木々が真っ黒なシルエットで素晴らしい景色にも感動!地球は丸いということを実感しながら、あちこちの雲のあたりで雷がピカっと光り、あの辺では夕立ちが降ってるなぁ、稲妻がピカッと真横に進むのは初めて見た。












でも回りはどんどん暗くなっていく。真っ暗なジャングルに入り込みながら小舟が進むのは少しスリルがあり過ぎる。
横からワニが出てこないかしら、大蛇は?などと、不安を抱くが、現地の船頭さんは笑っている。
やがて水上レストランへ戻ってお土産を少し買って、大きな船に戻る。南十字星や降るような星が美しい。
船は今夜のホテルの船着場を目指し、風を切って走って行く。と、ぷぅ〜んといい臭い。
大きなお皿に魚の空揚げが並んでいる「皆さんが釣ったピラニアです」「うっそー!食べれないからいいです」と怖じ気づいた私に、夫は「美味しいから食べとき」と促す。あちこちから「おいしい」の声も聞こえるので「じゃぁ頂きます」と貰いに行ってひと口、あっさりした白身のお魚の空揚げで塩味がきいて、新鮮で本当に美味しい。まさか、ピラニアを食べるなんて!これも貴重な経験。
 今夜のホテルはマンモスで建物がいくつもあって、私たちが一番遠い部屋だったが、お部屋は家具が重厚で、広くて快適。イグアスで乾かなかった洗濯物を広げた。

































































































5/27(木)7日目
 ロビー8時集合でバスで市内観光。先ず、市場へ。ランプやハンモック、香辛料など何でもありの市場のあとは、賑やかな雰囲気の大きな魚や肉のかたまりを売っている人たちは皆、ニコニコと愛想が良い。
青果市場の方は、殆どがバナナ。それも大きなかたまりのまま、枝がついて売っている。かぼちゃには「Kabotya」と書かれている。日本と同じ名前に驚いた。活気のある市場は、朝から暑い。












次のオペラハウスは素晴らしい。1896年に建てられ6000人が入る歴史ある雰囲気でマナウスが、いかに欧州人が沢山移住して早くから発展していた町であると感じた。ゴム景気のたわものか?












博物館では、ブラジルと言えば有名な極彩色の蝶の標本が展示され見入ってしまった。熱帯ならではの色、ランの花、ピラルクやワニのはく製、ピラルクの実物が水槽で見ることも出来、なかなか見ごたえがあった。












昼食に出た「カイピリア」はさとうきびで作った40度のきついお酒のサービスで夫はご機嫌。
 大雨の関係で1泊になってしまった大急ぎのマナウスだったが、夫は一番気に入っていたようだ。
昼食のあと、首都ブラジリアまで(空路約2時間半)→リオデジャネイロへ。(約1時間半)夕食は機内食で、夜8時半頃に到着して、華やかなサンバショーへ。
























最後に各国の客を舞台にあげ、日本人は最初に呼ばれ、皆で「上を向いて歩こう」を歌った。
ホテルは5つ星のイパネマ海岸にある「リオデジャネイロ パレスホテル」。

































































































5/28(金)8日目  現地ガイドはちょっとユニークなMISAさん。日系2世。市内観光の最初はホテルからも見える奇岩「ポン・ジ・アスカール」へ、ゴンドラで途中で乗り換えて6分。
上から幾つかの海岸が美しい。コパカバーナの海岸、ペピーノ海岸、イパネマ海岸・・・。
「サグイ」と言う手の平くらいの小さなサルがパンくず欲しさに近くの木まで来る。
次にメトロポリターナ大聖堂のステンドグラスが美しかった。何宗教でもお祈りOKとの説明。
リオと言えば有名な丘の上に建つ大きなキリスト像のある「コルコバーナの丘」へは登山列車に乗ってエレベーターとエスカレーターで登る仕掛けになっている。
両手を広げた長さが28mという巨大キリスト像にびっくり。かなりの大工事だったと思われる。
昼食のシャラスコ料理は柔らかい牛肉の焼いたのを大きな串に刺して、直接それぞれのテーブルまで来て、1人づつのお皿に切ってくれる。何度も回って来て私は今回の旅行で一番おいしい料理だった。
 ホテルの朝食では多くの果物が出て、ブラジルはさすが南国で、MISAさんに名前を教えてもらう。
バナナは177種類、マンゴは250種類もあり、ドリアンやマンゴ、アボガド、パッションフルーツ(この皮を擂って飲むと糖尿病に効くと聞いて夫はミサさんにお願いして買っていた→製品化されていて健康食品)・・と数え切れないし、みんな美味しかったがブラジルとお別れ。明日からいよいよペルーへ。





































































































































5/29(土)9日目
 リオから一旦サンパウロへ行って(約1時間)から空路ペルーの首都リマへ(5時間)。 リマ空港到着し現地ガイドは佐藤けい子さん。亜熱帯から来たからか、やや肌寒い。
バスで市内観光するが、空は「羊のお腹のよう」に曇り空でブラジルの明るさと比較するせいか、街の様子が暗く、壁や塀に落書きも多く、貧しそうに見えた。
スペイン統治から1821年独立。アルゼンチン、ブラジル、チリに続きホセ・サンマルピン将軍により独立したそうで銅像が広場の真ん中に建っていた。ここもジャカランダの花が満開で美しい。言葉はスペイン語。ありがとうは「グラッシャス」おはようは「ブエノス ディアス」、さよならは「アディオス」など教えて頂く。
 アルマス広場(マイヨール広場ともいう)、カテドラル、大統領府(以前事件のあった場所からは移転していたが、新・旧を外から見学)・・・ホテルはシェラトンホテル。





































































































































5/30(日)10日目  いよいよクスコへ空路1時間。飛行機からは6000m級の白銀の山々が見え、クスコ空港に着くと街並みがみんな茶色の屋根の白い壁に統一されて高いビルもなく美しい。
クスコの町が世界遺産とのこと。現地ガイドはカルロスさんで日本語がお上手。一挙に標高3400mのクスコに来たので一度、ホテルで休憩。四つ星のピコアガ ホテル。
約1時間後、ホテル内の食堂で昼食。高山病に効くという「コカ茶」を飲む。私はまだ大丈夫のようだが、一人がすでにダウンで昼食も食べれない。午後から市内観光でまずインカ帝国時代に作られたという石積みの壁のロレート通りでは、組み合わせ石の隙間にはカミソリの刃1枚も入らないと言う精巧さ。アルマス広場、カテドラル、サントドミンゴ教会、太陽の神殿・・・この辺から頭が重く痛くなってくる。
次の観光からは1人でバスに残り横になったが、他にも気分が悪い人が出てきていったんホテルへ戻る。残りのメンバーで出発してサクサイワマン遺跡などインカ遺跡を巡るが、更に半分の人も気分が悪くなりホテルへ戻り、最後は夫を含むたった5人で標高3700mまで観光。ツアーの9人がダウン。残念ながら私もベッドで横になったが頭痛や吐き気で、夕食もいらない。酸素を2〜3分吸わせてもらって、添乗員さんから頭痛薬をもらって何とか眠る。夫は元気に買物にもでかけ、アルパカのセーターを私に買って来てくれた。

























































































































5/31(月)11日目  今朝は5時半出発。朝食は食欲がなく日本から持って行ったカップうどんを3分の1ほど部屋で食べる。
クスコの駅を6時発の登山電車でマチュピチュへ向かう。電車の中は暖房がなく寒さで震える。
Tシャツにセーター、ジージャン着て、その上にヤッケを着て手袋してもまだ寒い。カイロをホテルに置いて来たことを後悔する。
 3時間45分でマチュピチュ近くの村へ着く頃には、標高が2000mという事もあり高山病はすっかり治っている。
そこからバスで30分ほど約400m登ると空中都市マチュピチュへ到着。
カルロスさんの案内で、やっと念願の世界遺産のインカ都市を歩くことが出来る!感激しながら階段を登って行くと、テレビや写真でしか見たことのない、あの風景が目の前に広がる。
原っぱに座ってカルロスさんの説明を聞く。1300年ごろ栄えたインカ帝国の隠れ家だったのでは?部屋数は268あり500〜600人住んでいたのではないか?石だけで建造され、大陽の神殿、宮殿、天文台、水汲み場、陵墓、インカの橋、段々畑、広場と見事に残されている。
いつまでも見ていたい思いだが、後にしてマチュピチュで昼食、クスコへ帰る電車の時間まで自由時間。
駅周辺の露店みやげやさんでは、人なつっこく「おねえさん、おねえさん」と声をかけられる。冷やかしで見ていて結局Tシャツやセーターを買う。
 帰りの電車の中では、車掌さんたちが「ファッションショー」をしてセーターを売りに来たり賑やかに約4時間でクスコ到着。真っ暗な中、クスコの町の明かりが美しい。
窓から見える満月を眺めていると「あれ?ウサギが左側で臼が右側?」と変な感じ。全く日本と逆さま。(これは日本へ帰って、ウサギが右で臼が左を確認してほっとした)
 夕食はクスコレストランで民族音楽「フォルクローレ」を楽しんだあと、ホテルまで自由解散して夫と二人で、アルマス広場の周囲のお土産やさんを覗いた。どうやら頭痛もない。でもホテルへ戻り寝る頃から(ちょうど体内の酸素がなくなる頃)また頭痛。薬を飲んで、とにかく眠る。明日はリマ。リマなら大丈夫。

































































































6/1(火)12日目
 クスコでの朝食は食欲がない。コカ茶を飲む。あまり高山病には効かなかった。
クスコ空港8時発でリマへ9時に到着。嘘のように元気になっていた。
今日はいよいよ「ナスカの地上絵」を見に、イカ空港まで約1時間。セスナ機は5人乗りで、2組10人が慌しく12時前に出発して何故か私たちは、そのフライトが戻るまで待つしかない。
すると、ナスカの地上絵の見やすい地図を作成したと言う紳士が話しかけてきて2ドルで売っていると言うので買い、ビデオ室では日本のテレビ「世界遺産」ナスカの地上絵の分を上映してもらう。一夜漬けの勉強が出来たようで、改めて頭の中に知識が入った感じ。
まだ時間があるので裏庭で飼っている「コンドル」に会いに行く。なれた飼育係りのお兄さんが広場に出してくれて一緒に写真が撮る。羽根を広げると、2m位で思った以上に大きかった。
やっと、1時15分からフライト。ヘッドホンをつけ、パイロットと我々5人で満員。飛び立つ時の轟音に驚くがずっとその状態。
30分近くでパイロットが「ハンズ!」と叫ぶので下を見ると、手の形が見える。「OK?」と聞くので「OK」「ツギ、ヒダリ」  と左座席の人のために、セスナ機を大きく旋回させる。
酔い止め薬を飲んで良かった。次はトカゲ、オウム、フラミンゴ、クモ、ハチドリ、サル、イヌ、宇宙飛行士の9つを右へ左へ旋回しながら見せてくれる。やったぁ!ついに見れた!と感激。
イカ空港へ戻る時もずっと地上を見ていると、不等四辺形や色んな線が見え、そばで見たら何百メートルもまっすぐ伸びる線など、どのように描いたのか、巨大な絵がこんな砂漠の中に今も残っている不思議さに実際、この目で見れてただただ感動。2時30分に空港へ。
昼食後はイカの市内観光。周囲の砂漠の山は砂の芸術。博物館では、ナスカ文明の織物や焼き物の器に描かれた素朴な絵や、ミイラなど出土品が展示されていた。
空路1時間でリマへ。夕食はシェラトンホテルで、と言っても夜の10時にはスーツケースを持って出発のため時間がない。
前菜だけ頂いて部屋へ戻る。荷造りに時間があまりない。夜中の1時5分発飛行時間8時間40分でロサンゼルスへ向かう。





























































6/2(水)13日目
 朝、7時40分ロサンゼルス空港着。快晴。いよいよ今日が実質上、最後の日となる。
ロスと言えば、ハリウッド!市内観光の最初はマリーナ・デルレイというヨットハーバーで青空と青い海に浮かぶ高級ヨットが5000隻の並ぶ景色をのんびり眺める。
次のサンタモニカへ。風光明媚なデート場所といった所。土の中から可愛いリスがあちらこちらから出てくる。人慣れしているのか平然と何かを両手で挟んで食べているので、シャッターを切る。温暖な気候でさわやかな風を感じる。
リトル東京では日本人向けのスーパーへ連れて行ってもらって、お寿司やお赤飯・おにぎり・どん兵衛やビールなど部屋で食べる夕食を買い込む。旅行かばんが安く売っていたので購入しておみやげ物入れにゴロゴロ引いて帰った。
 昼食は「葉月」という日本料理。久し振りのねちっとした白米が嬉しくおかわりした。
東西南北に4本走る高速道路をバスで進めて、向こうの山にあの「HOLLIWOOD」の白い文字が見えて来た。こんなに遠くに小さく見えるのかと実際見て感じた。青春時代からの憧れのハリウッドに。そして「アカデミー賞受賞会場」も見ることが出来、感激。
そして、有名スターの手型・足型のある場所では、マリリンモンローやトム・クルーズ・ジョン・ウエインなどを見つけて、手を合わせて記念撮影にご満悦。ミーハーしてしまった。バスは高級住宅街ビバリーヒルズを通る。今はブラッド・ピットも住んでいる。
旅の最後のホテルは空港近くのウエスティンホテル。明日は帰国の途へ・・・。

























6/3(木)14日目
 9・11テロ以降、アメリカでは荷物検査が厳しくスーツケースは抜き打ち検査をするので鍵はかけない状態。
夫も開けられたとのこと。検査のあとは鍵を係員に渡して施錠してもらう。ロスを10時30分発で所要時間11時間40分で日本の成田へ。

6/4(金)15日目
何度飛行機の離発着があったか数えたら、今回15日間でセスナを除いて20回も!
ブラジル航空やアエロコンチネンテ、ラン・チリ、全日空と無事で良かった!
  機内1泊で成田へ。伊丹までは偶然、全日空の2階席ビジネスクラスに乗れて快適。夕暮れの富士山を見降ろして「日本へ帰ってきたなぁ」と実感。
駅まで息子に迎えに来てもらって自宅に夜10時ごろ帰宅。
初夏というより「真夏」の日本になっていた。翌日は関西も梅雨入り宣言。
 こんなに長い海外旅行は初めてで疲れたけれど、ツアーのメンバーも楽しく有意義な旅で満足。


(2004.5.21〜2004.6.4)

  終わり 








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