urumuti
ウルムチ(2004.7.28〜8.4)
8月2日(月)、今日は朝から車でウルムチへ向かう。ゴビ砂漠の中、雪を抱いた天山山脈を遠望しながらの旅。



ウルムチはジュンガル語の「美しい牧場」からきているらしい。現在のウルムチは新疆ウイグル自治区の人民政府所在地だ。
西域の遠く離れたウルムチは、馬や羊がのんびりと遊んでいる草原の村ぐらいに思っていたが、見てびっくり、大都会だった。
アマゾンのマナウスと同じ感覚を持った。やはり本や話でなく、自分の目で確かめねばならないと痛感した。

3時間の砂漠のドライブで、最後に風車を見た。大規模な風車群だった。中国の新エネルギーにかける情熱を垣間見た感じ。
午前中に新疆ウイグル自治区博物館を見学。楼蘭の美女など多数のミイラもあり、内容は充実していた。新疆に住む12の少数民族の展示。
そして新疆の歴史と文物の展示だ。





昼食はウイグル風味料理だった。店先に展示されていたお惣菜などは面白く、生きたままの魚やカニが売られていた。
昼からは天池観光だ。天山山脈の東端に近いボグダ峰の山腹に、天然の高山湖「天池」がある。海抜1980m、長さ3400m、幅1500mの半月形の湖だ。澄み切った湖の周りは、雲杉の生え茂る山で、東南には万年雪のボグダ峰が輝いていた。



天気は最高に良く、牧場とパオが点在する山麓に青く澄み切った「天池」と白いボグダ峰。感じはスイスの山に囲まれた湖だった。
しかし、少々けばけばしかった。モーターボートや場違いな建物。夏は避暑地、冬はスケート場。日本の野尻湖や諏訪湖のような感じで、
期待が大きかっただけに失望した。













最近深田百名山を登っている私は、日本の山でもっと静かな趣のある湖を多く見てきた。
最近行った上高地でも、少し歩いて徳澤から横尾へ行けば、梓川と穂高連峰の山はこの「天池」に決して引けを取らないと思う。
むしろ行き帰りの道路上を横切る羊の群れ、点在するカザフ族のパオ。そのような日常的な風景に心が和んだ。
今日の泊まりは「新疆大酒店」で高層ビルだった。夕食は和食でお茶碗蒸しや魚の塩焼きが美味しかった。ご飯も良く炊けていた。


6月3日(火)、今日で観光は終わりだ。朝はゆっくりだったので、K夫妻とホテル周りの散歩をした。道路上の朝市は野菜や果物そしてパンとと何でも安く売っていた。庶民的な雰囲気で楽しかった。











紅山公園に入り、散策した。建物の屋上から眺めたウルムチは高層ビルの連立した大都会だった。






昼食にウルムチ地方料理を食べ、昼からバザール見学したが、期待していたバザールでなく、モール街でがっかりだった。


仕方なく回った店で、ウイグルの可愛い娘がいたので、楽器とウイグルの現在の小刀を買った。

絨毯工場も見学したが、前にも見ており、早々に引き上げた。


16:45発の飛行機で北京に向かう予定だったが、大幅に遅れた。天候不良が原因らしいが最後まで分らなかった。
北京空港に出迎えに来ていたのは、到着した日に見失ったあの王さんだった。
ホテルに行く道中に、王さんは色々な話をしてくれた。中国人で一番苗字の多いのは「李」さん。次が「張」で三番目が自分の「王」さんだとのこと。
「李」さん名義の人が国を作ると世界で8番目の国になると言う話は面白く、中国のとてつもなく大きいことが良く分った。
今回の中国旅行で感じたことは、中国がかなり急いで近代化を成し遂げつつあると言う感触だった。そして大きく懐の大きな国になりつつあると言う思いだった。
日本と中国は地理的に近く、歴史的にも密接な関係がある事実から、日中関係は日米関係以上に配慮せねばならないと言う事実だった。
北京のホテルは5つ星の最高級のホテルだった。
最後の晩なので、Jさん夫妻の部屋にAさんと私達夫婦で余った菓子や残り物で晩餐会を開いた。Kさんは風邪のため来れなかった。
8月4日(水)、今日は朝から日本へ帰る。北京から大連を通って、関西空港に飛ぶが、何らかの理由で飛行機が飛ばない。
やっと飛んだ飛行機も大連で1時間以上待機。飛行機の窓から外を眺めると、隣の飛行機の様子がおかしい。その飛行機の周りには赤いランプをつけたパトカーが何台も止まっていた。

結局天候不順という説明だけだった。
関西空港には3時間以上遅れて着いた。大阪の空気は湿っぽく、べとついた感じだった。
今回の旅で親しくなった、Aさん、Jさん夫妻、Kさん夫妻とは再会を約して別れた。
私の夢、シルクロードの旅は着々と実現しつつある。
今後カシュガルやタジク等に旅したいが、今のイラク情勢では少し危険だ。むしろ中国の河西回廊が妥当か。楼蘭も是非訪れたい場所だ。
(2004.9.16)
終わり
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