久しぶりの百名山ー大山






1998・7・18 昨年9月に大峰山へ登っていらい100名山から遠ざかっていた。
山が嫌になったという訳でなく、ただなんとなく機会が無かったという事か?
この間、野菜作りとパソコンに夢中になっていた事は事実である。

山といえば、生駒山にのめり込んでいた事は、本当である。
高安山から津田城址のある国見山までのマラソン縦走を分割して試みた事。いくつかの横断する峠道を越えた事。富雄界隈の神武神話を探しまわった事。高山近辺の旧跡を歩き回った事等である。
7月18~20日の3連休、妻と二人で大山に登る事にする。

18日早朝5時半、我が家を愛車クラウンにて出発。
途中加西S・Aでうどんを食べ、落合JCTで米子道に入り、溝口I・Cで下車、大山に向かって走り、大山環状道路で左折して大山寺に向かった。
途中の蒜山高原付近で大山の全容が姿を現した。神々しいばかりの威厳があった。これからあそこに登るのかと身が引き締まり、微かに興奮した。

休憩を除けば家から3時間ばかりで大山に着く。約260Kmであった。
中電山荘前で数台の車が駐車していたので、聞いてみればここから夏道まで直ぐとの事、早速車を止めて登山の準備をする。
朝早く出てきたので睡眠不足を補うべく一眠りする事になった。
ところが妻が調子の悪い後ろの窓を風を入れるため開けたため、閉まらなくなってしまった。二人で上に引っぱたがびくともしない。
妻にはっきりと教えていなかった自分も悪い。「ごめんごめん」と謝る妻も申し訳なさそう。
結局、日除けの紙で迷彩を施して出発する事になった。そんな訳で一眠りも出来なかった。

10時45分、ゆっくりと歩き出す。300m程で夏道にぶつかった。100mぐらい登ったところに阿弥陀堂があり、すぐに一合目の標識があった。木で縁取りした階段を、妻のペースでゆっくりと登る。
最初は元気よく歩いていた妻の歩調が乱れ勝ちになってくる。かなり膝が痛いみたいだ。
若い頃のスキーと回転レシーブのバレーボールによって、膝の疲労が進んでいるようだ。時々膝の水を抜いてもらっているようだが、完全には治らないみたいだ。
万葉ハイキングのような平地の歩きには問題なかっても、山歩きにはこたえるみたいだ。無理はさせられない。
やはり二合目の標識が見えたとき、「私はここまで、車で降りてくるのを待っている」という。
多少、車の窓が気になっているらしい。標高差800mの登山は妻には無理でないかと思っていたため、私も同意する。
標高差約100mの一合を登るのに約30分かかったことになる。
地図の標準登山ペースは登り3時間、下り2時間であるが、最近の私のペースからして、登り2時間・下り1時間として、「早ければ午後2時、遅くとも3時には車に戻る」といって、二合目の標識をバックにデジカメで記念撮影して別れた。
後で見た写真の妻ひろ子は疲れきった顔をしていた。

妻と別れて直ぐに標高1000m標識があり、展望の開けた支尾根にぶつかった。
ここまで来れば良かったと思ったが後の祭り。私は本来の私のペースでゆっくりと歩調を整え、急ぐわけでもなく、休むわけでもなく、もくもくと高度を稼ぐ。
高度差100m
を5分~10分でこなして、休憩することなく、3合から5合へと登る。
5合を過ぎたところで元谷コースと出会った。ブナ林から潅木になり、多少見晴らしがよくなってきたところに、六合目避難小屋があった。休憩しょうと思ったが、たくさんの人が休んでいたので、そのまま登りつづけた。
相変わらずの木製階段だ。久しぶりの登山だが足の調子は悪くない。
断崖絶壁の北壁を望みながら、あえぎあえぎ登る。八合目でぱっと視界が広がって、頂上に向かって木道が続いていた。
風が気持ちよく、やっと着いたという感じでほっとした。

周りは天然記念物のダイセンキャラボクばかりだ。色とりどりのお花が美しい。
ゆっくりと歩くが、どうしたことかここにきて足がつっぱって前に進めない。
10歩進んでは立ち止まる。目の前に大山頂上避難小屋が見えているが歩けない。木道の柵を持って手の力で前進する。
やっと頂上に着いた。しんどくはないが足がこぶらがえりを起こしている。
10m先の頂上を踏む事なくへたりこんだ。妻の買ってくれた握り飯一つとお茶を飲んで昼飯とした。

標高1711mの大山頂上は半円錐型をしており、みせん弥山と呼ばれている。
妻と11時15分に別れて1時間ちょっとで登ってきたが、晴れてはいるがガスがかかって展望はよくない。
少し休憩したら足のつっぱりが無くなったので小屋に行く。600円の缶ビール1本と250円のソーセージを買う。
美味しいビールを飲んだら、いい気持ちになり、朝の睡眠不足もあり、又足のこぶらかえりを治すべく小屋の板の間にごろんと横になる。すっと睡魔が襲ってきた。気がついたら1時間ほど眠っていた。夢をみていたらしい。

午後1時半、小屋を後に下山し始める。足は治っている。1時間もあれば妻の待つ車に行けると甘く判断する。
帰りはデジカメを片手に、珍しい高山植物があればシャッタを押し、可愛い花は全てカメラに収めつつ降りていった。
しかし下りの階段は予想外に時間がかかり、五合目ぐらいで2時半になった。
3時までに帰ると約束していたため、それからはカメラを仕舞い、飛ぶように(?)降りたが3時を15分ばかり過ぎてしまった。

妻はどこへも行かず、本を読んだり、書き物をしたりして待っていたらしい。
車で大山寺へ向かえば、直ぐに大山寺橋があり、本日の宿「朝霧山荘」も近くにあった。

宿に入って直ぐに風呂に浸かった。大山に登った満足感と疲れが取れていく感じで幸せ一杯の気持ちになった。

久しぶりの100名山登山――私にとって大山は31番目であった。


(1998・7・22)

              終わり






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