三伏峠からの塩見岳
このところの私の登山は異常である。
7月から2ヶ月で日本百名山を14座登った。焼岳・羅臼岳・斜里岳・雌阿寒岳・甲斐駒ヶ岳・仙丈岳・北岳・間ノ岳・飯豊山・悪沢岳・赤石岳・吾妻山・蔵王山・安達太良山。
そして昨日夜、塩見岳から帰ってきて明日又、後方羊蹄山に登ろうとする。
中1日から3日の強行軍である。それでも体力的に応えていないから不思議なものである。
私は小さい頃から「牧雄は凝り性で一つのことをやりだしたら、それっばっかり!」と言われ続けてきた。
性格は年をとっても直らないらしい。
昨日下山中、同行の女性登山家から言われた。「プロ野球の投手でも中3日や4日は空けるで。奥さんがよう我慢してはるな。亭主留守で元気が良いとも言うけれど。」

今回の塩見岳ツアーは「毎日新聞旅行」で私は初参加である。
「毎日の登山ツアーは資格・経験が非常に厳しく誰でもが連れて行って貰えるとは限らない」と聞いていた。
実は先日、毎日旅行の熟達者コースである「幌尻岳」登山に申し込んだが、無下に断られた。
「先ずせめて中級者コースから参加してもらわんと」
少々頭にきたが、毎日の言うことも最もなので、中級者★のランクである「塩見岳登頂」に申し込んだ。

9月6日(金)朝9時45分竹田駅集合。総勢14名。女性8名、男性6名。リーダーは高野さん、添乗員は吉長さん。さすが毎日さんだけあって男性メンバーの面構えはベテランもベテラン。女性陣も見劣りがしない。
名神・中央道を通って、松川ICで下車、大鹿村に入る。
長野県鹿塩温泉「山景館」に泊る。
温泉に浸かり、夕ご飯までの時間付近をぶらぶらする。

深田久弥は塩見岳の名前の由来に拘っていたが、確かにこの近辺には塩にちなんだ名前が多い。
宿に戻り、寝転んで皆の山談義を聞くともなしに聞いていると凄い。私は足元にも及ばない。
いつも思うのだが、ベテランの人達は良く覚えている。「あそこの山小屋の親爺はうるさい」とか「あの山小屋のカレーは美味しい」とか「あのルートの登山道は間違いやすい」等々。

そしてこのような話は心地よく聞いているのだが、その内「あそこの山はどうだった。あそこの川は滑りやすかった」等々、結局自分の登山歴を自慢するような話になってしまう。
「人の振り見て我が振り直せ」とは親からよく注意された。
今回の山旅で親しくなった、共に62歳のNさんとTさんはさすが寡黙である。そして二人とも今年の10月中に百名山完登らしい。
道中歩きながら、小屋で酒を飲みながら、色々な苦労話を聞く。

9月7日、前夜の激しい雨で今日は雨と諦めていたら、良い天気になっていた。
4時起床。洗顔し、トイレに行き、朝用のおにぎり弁当をほおばる。宿を5時出発。
従来は塩見岳に登る為には、塩川からのルートしかなかった。今は鳥倉林道が出来て、標高1630mのゲートまで車で行けるようになり、標高差で200mぐらい楽をさせて貰った。
今日登る塩見岳は標高3047m。標高差1400mちょっと。しかも頂上付近の塩見小屋泊まり。
「毎日」の登山の様子は皆目見当がつかず、多少の不安があったが、標高差1400mを登ることに関しては何の心配も無かった。

6時5分にゲートに着く。林道を約40分かけてゆっくりと歩く。良い準備体操だ。
豊口山コース登山口は標高1780mだった。
今回は昭文社の地図を持ってきていたので、標準時間と比較する。結果的に言って今回の登山はほぼ標準時間だった。
私の個人的なペースは、登りは9割、下りは7〜8割というところか。但し1時間の標高差が登り300m以内という条件付だが。
シラビソの樹林帯をゆっくりと歩く。途中にマツムシソウの可憐な花を確認。同行のY嬢が教えてくれたミヤマシシウドやタカネナナカマドの赤い実、なによりもホソバトリカブトの群落には驚かされた。
途中から雨が本降りとなりカッパを身に付ける。山道は歩きやすく、勾配もきつくなく、塩川小屋からの道を左から迎え、まもなく三伏峠小屋に着く。約3時間かかった。ここは標高約2600m。

ここは南アルプスの十字路だ。展望も良くなるはずだったが、生憎の雨。
そこから三伏山を越え、本谷山(標高2658m)で休憩。権右衛門山を迂回し、塩見小屋に着いたのは、1時15分だった。尾根歩きにしては、登り降りのあるたっぷりと時間のかかるコースだった。
今晩の寝る場所等を髭の親爺(小屋の主人)から聞き、いよいよ頂上目指して出発というとき、「ごろごろ、ごろごろ」とカミナリ様の声。
これから登る塩見岳の頂上付近は岩だらけ。隠れるものも遮る物も何も無い。
それと皆の脳裏に横切ったのは、先日のここ塩見での落雷死亡事故。あの事故は本来有り得ない樹林帯での出来事らしい。
リーダーである高野さんは「本日の塩見アタックは中止。明日早起きし塩見岳頂上往復する」との宣言。

雨に濡れたカッパを乾かし、NさんとTさんの3人で乾杯。百名山のことなど色々教えて貰う。
「向うで宴会が始まっている」とのこと。4時半の夕ご飯までビールで宴会。殆どが女性陣。最近の女性は逞しい。
本来、山登りは女性のほうが向いているかも。

ここ塩見小屋のトイレ情報。最近の環境問題に考慮して、1回1回のトイレに紙おむつを使用。男性は小は別だが、女性は両方とも。
1枚200円で未使用の場合は払い戻し。使用済みのそれはヘリコプターで下界へ下ろして処分。先見性のある髭親爺ではある。

9月8日、昨日の雨がうそのような上天気。
4時20分、空身で出発。上下のカッパと水筒のみ。
小屋から見える塩見岳は実は天狗岳だった。たっぷり1時間10分かかって頂上。
三角点は一段低い西峰(標高3047m)、東峰は標高3052m。
今朝登って本当に良かった。展望は最高。360度の雲海に浮かぶパノラマ。
恵那山が雲の上にどっしりと姿を現し、木曽駒・宝剣岳・空木岳の中央アルプスそしてその向うに御嶽山。
北西方向に目を転じれば、乗鞍岳と穂高連峰。
北側は甲斐駒ヶ岳と仙丈岳そしてどっしりとした間ノ岳と其の向うに北岳。
東側は西農鳥と農鳥岳。そしてレンズ状の雲を鉢巻にした神々しい富士山。そして富士山の横には半円でなく縦型の虹。南側は先日苦労して登った悪沢岳と荒川の中岳と前岳。

私は空木岳にはまだ登っていないが、殆どの山に登ったことに満足した。
南アルプスには深田百名山は10座あるが、この山頂から見えない鳳凰3山と聖岳・光岳の3山が未踏だ。
来シーズンの楽しみに取っておこう。
塩見小屋に戻って朝食を食べ(味噌汁が美味しかった)、7時半出発。
帰り道、昨日は見えなかった塩見岳がその雄姿をしっかりと見せてくれた。
三伏峠小屋を通り、鳥倉林道までやはり地図の標準時間がかかった。バスに戻る林道には、昨日は無かった大きな岩が昨夜の激しい雨で落ちていた。

松川IC付近の町営の温泉場で湯に浸かり、昼食を食べ,生ビールを飲んで一路大阪に向かった。
京都の竹田下車は私一人だった。いつものように新田辺まで妻に迎えに来てもらう。
「亭主留守で元気が良い」のがいいのか、「いつも一緒に居て欲しいのか」とは聞くことが出来なかった。

(2002.9・9)
終わり
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