戸隠連峰の最高峰ー高妻山









毎日新聞旅行で、頚城三山の火打山・妙高山と戸隠連峰の最高峰ー高妻山の登山があるという。早速申し込んだ。
各社から登山のツアーが企画されているが、最も充実し権威あるのが毎日新聞旅行である。
クラス別の登山があり、申し込んだら行けると言うものではない。
私は最初熟達者コースに申し込んだが、ものの見事に断られた。まず中級クラスから参加して欲しいとのこと。中級クラスで塩見岳とシリベシ山に参加した。今回の「高妻山・火打山・妙高山」は上級クラスだ。

10月5日(土)8時45分、京都竹田駅からバスに乗り込む。男性19名・女性25名の大所帯だ。添乗員はシリベシ山の時の福島さんと若い山本君。リーダーは日本山岳会会員の畠山さん。それに共催している登山服専門店「ムッシュ」のモデル兼営業マンの三谷幸平。
バスは満員だ。お隣の席に座ったのは、高安の66歳のMさん。山の話・菜園の話等いろいろ話し込む。

名神・中央・上信越自動車道を通って、信濃町ICで降りる。途中のサービスエリアでうどんを食べる。
戸隠高原に向かう。稲の刈り取りの真っ最中だった。りんご畑が続く。田舎の秋の風物を堪能しながら、本日と明日連泊の 「ホテル戸隠」に着く。ここは白樺林に囲まれたヨーロッパ風ホテルだった。信州の木の香りが一杯漂う檜造りの温泉「岩戸風呂」にまず浸かり、美味しい故郷の味を頂く。



10月6日(日)今日は高妻山登山だ。天候は下り模様だが雨は降っていない。
高妻山は戸隠連峰の最高峰である。戸隠山は岩戸開きに参列した神々を祭ってある信仰の山である。その戸隠山の側にスックと立っている気高いピナクルが高妻山だ。
高妻は標高2353m。戸隠・飯縄・黒姫連山での最高峰であるのみならず、山の品格から言っても一番立派だと深田久弥は言っている。

バスで戸隠キャンプ場まで行き、6時半出発。標高1170m。人数が多い為二つの班に分かれる。私は適当に分けた内の一班にMさんと所属する。一班のリーダーは畠山さん。ラストはムッシュの三谷さん。私は最後尾から二番目のブービーを歩く。
牛やヤギが放牧されている牧場の横をゆっくりと歩く。

道は樹林帯へと続く。小さな沢を飛び石伝いに対岸に渡る。7時7分第一回の休憩。7時41分に第一の鎖場に着く。15分ほどで第二の鎖場に着いた。女性陣が少々もたもたするが、私は鎖場やロープは得意とする。本格的な岩場は未経験だが、昔、姉に連れられて道場の百条岩で懸垂を教えられたことがある。要するにコツは岩から体を離し、足を岩に垂直に押し付けることだ。
一枚岩のトラバースで慎重に行動する。三点確保を心がける。雨が降っていなくて良かった。雨で岩が濡れていれば要注意だ。

鞍部に突き上げる急登を終えて、8時20分に一不動に着いた。ここは標高1735m。ここには避難小屋があった。
ここから五地蔵岳までは樹林帯の尾根道だ。
道の脇には二釈迦、三文殊、四普賢と石祠順番に置かれており、歩く目安になった。
9時29分に五地蔵岳の頂上に着いた。ここは標高1998m。目の前にピラミダルな高妻山が聳え立っていた。

道はここで北から西へ直角に曲がり、樹林帯の中を下っていく。折角稼いだ高度を失っていくこの気持ちはいつでも勿体無く思う。
途中小さなピークを三つほど越え、高妻山への最後の急登にさしかかる。ここで女性の一人がリタイア。
最後の登りはきつかった。30分ほど一歩一歩よじ登った。



11時半やっと頂上に到着。標高2353m。南北に細長い頂上は巨岩が重なり合った岩塊の頂だ。
頂上は十阿弥陀如来だった。途中、六弥勒、七薬師、八観音、九勢至を通った。
頂上からは明日登る火打山や妙高山が見えたが、展望はあまり良くなかった。雨でないだけましか。

頂上から少し下った所で昼食。
二班がようやく到着。頂上に着いた二班のグループで拍手が起こる。なんと深田百名山を達成した女性がいるとのこと。
同じパーティの中で百名山達成に立ち会ったのは始めての経験だ。



12時18分下山開始。2回の休憩を取り、4時過ぎにキャンプ場に降りてきた。
バスで昨日泊った「ホテル戸隠」に戻り、温泉に浸かり、食堂に行く。
各席にビールが置いてある。百名山達成者の奢りだ。達成おめでとうの横断幕。皆で祝う。達成まで10年掛かったそうだ。テーブルでMさん、O夫妻と話が弾む。
O夫妻は枚方公園に住んでいるらしい。共働きの最中とのこと。
ムッシュの抽選会があり、私はソックスが当たった。



程よい良い加減で熟睡出来た。深田百名山68座目だ。



高妻山登頂証明
(2002.10.10 ) 

 


       終わり 








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