深田百名山で最も困難な山は、「幌尻岳」・「飯豊山」・「トムラウシ」と考えていた。
しかし百名山完登者に聞いてみると、一番辛いのは寝袋を持っての自炊がある「聖岳・光岳」方面だそうだ。
ここは南アルプスの最南端で最も山深い処でもある。

毎日新聞旅行で、ランク最上級の熟達者向「聖岳・光岳」があったので申し込んだ。いままでの実績が評価されたのか直ぐに許可してくれた。


しかし寝袋持参は覚悟していたが、共同装備もあるのでザックは50リットル以上とのこと。私は35lまでしか持っていなかったので、早速モンベルに買いに行った。



4泊5日の山旅だ。
7月27日(日)、何時ものように妻に新田辺まで送られて、近鉄京都線の竹田に9時45分集合。小型バスで参加者は13人。男性は6人。


添乗者は知り合いの吉永さんとトムラウシで世話になった稲田さん。


名神・中央道を通って飯田下車。そのまま民宿「なかい」のある平岡まで行く。ここの部落名は「和田」だった。
バスの相席者は近くの枚方津田在住のNさんだった。直ぐに親しくなる。
近くの温泉「かぐらの湯」に行き、のんびりする。夕食は小宴会だった。




7月28日(月)民宿で朝食を食べ、登山口の易老渡まで宿の車で送ってもらう。ここは標高880m。

私は何時ものように最後尾につく。リーダーは吉永さん。しんがりは稲田さん。
50lのザックは流石に重たい。しかし肩でなく腰で重量を支えている感じで心地よい馴染みでもある。



6時50分に歩き出す。檜の樹林帯をジグザグに登る。9時前に「面平」に着く。標高1380m。

今回の山登りでこの易老渡から易老岳までの5時間の上りが一番きつい筈だ。一歩一歩ゆっくりと歩く。


50lのザックを背負っている割には疲れない。途中に何回か休憩を挟んで、12時22分に「易老岳」(標高2354m)登頂。
展望は全然利かない。シラビソの森中に頂上標識があった。


ここからは1時間ほどで三吉平、そして更に1時間ほどの「静高平」。この静高平の登りが結構きつかった。





しかし登り切った処は「センジュガ原」でお花畑が広がっていた。木道があり、周りは「亀甲状土」に成っていた。
直ぐに本日の宿泊地である「光小屋」に到着。荷物を置いて空身で「光岳」に登頂する。標高2591m。


梅雨空の為展望は良くなかった。「光岳」の名前の由来になった「光石」を見に行くが、思った以上に時間がかかった。
疲労もそれ程無く、足の吊りも無かったから見に行けたと思う。


小屋に戻ったら吉永さん稲田さんらがお湯を沸かしてくれていた。私は350mlの缶ビールとお湯を注ぐだけでいい「焼き飯」を食べた。

途中で雨が降ってきたので、小屋に入って食事をする。
明日の朝が早いので7時ごろには就寝。

私はぐっすりと寝れたが、歯軋りと寝言の大合唱で皆は眠れなかったみたいだ。
今日は500mlの水を4本持って登山し、殆ど飲んでしまった。夏の登山は水不足で「脳梗塞」になるらしい。
今回の登山で深田百名山は77座目だ。今シーズン中に登るだけ頑張りたいが、百名山達成は来年か?

終わり
(記述日:2003.8.2)
(掲載日:2003.8.2)