ある程度訓練を積んだ登山家でないとそう簡単に登れない山「剣岳」と思っていた私。
サンケイ旅行会が連れて行くという。早速申し込んだ。
8月5日早朝、いつものごとく妻に生駒駅まで送ってもらって、7時20分集合の梅田・茶屋町「プラザモータープール」に行く。
前回は梅田から歩いて時間が掛かったので今回は中津から行く。すぐ側だった。参加予定の一人が来ないので探し回ったが見つからず遂に出発。総勢9名、男6名、女3名。皆中年だがさすが「健脚」ルートに申し込んでいるだけあって、見るからに山男・山女だ。いつものツアーとは違う。
名神・北陸と高速道路を飛ばして立山ICまで行く。昼食はバスの中での弁当だ。小型バスだが、ゆったりとした席だ。まだ顔なじみにもなっていなくバスの中は静か。
天気が非常に良く、室堂に近づくにつれ、昨秋娘と登った立山の雄山がはっきりと確認出来た。
奥に見える黒々とした独立峰は目指す「剣岳」ではないか。車中の空気が興奮してくる。室堂で今回のリーダー堺さんが迎えてくれる。エベレストにも挑戦しているフリーのガイドらしい。バスの中に35リットルのザックを置き、私は小さな18リットルのザックに必要最小限の荷物を詰め込む。
皆のザックは大きい。女性も40リットル以上だ。大きいのは85リットルはありそうだ。
皆のザックの中身は何だろう。私のザック中身は、上下の雨具・着替えの下着・洗面用具・緊急用小道具一式・デジタルビデオ・非常食等だ。勿論ザックカバーや小さな懐中電灯等も入っている。私にとってこれで十分だ。何か私一人楽をしているようで心苦しい。
前回の至仏山の時に友達になった与那嶺さんはザックの形を保つ為に空きペットボトル数本を詰めていると言っていた。
次回から参考にしてみよう。
室堂(標高2450m)から雷鳥平を通って別山乗越(標高2760m)までゆっくりと歩く。今夜の泊まりは「剣御前小舎」だ。
サンケイの添乗員田中さんも入れて総勢11名のメンバー。一部屋に男女一緒の雑魚寝だ。
その時、「サンケイの方ですか」と一人の女性が入口から声をかけてきた。
「はいそうです」と答え、「もしかしたら?」と尋ねる。やはり茶屋町で乗り遅れた人だった。
特急で追っかけてきたそうな。男やったらきっと諦めていただろうなと皆で感心した。
この執念があれば明日はきっと登頂に成功するだろう。
夕食後、あまりに夕焼けが美しいので何人かで近くのピークに登る。槍ヶ岳の特徴ある先端も確認出来、雲海に浮かぶ山々と何ともいえないオレンジ色の夕焼けを堪能する。明日に備え8時ごろに寝る。
8月6日、早朝4時ごろ隣に寝ていた伊藤さんが「朝焼けがきれいだからビデオに撮ったら」と起こしてくれた。
朝5時弁当2食を持って出発。今日は晴天。目指す剣は堂々とした態度で迎えてくれている。
途中今晩泊まる「剣沢小屋」に寄る。ここで皆は大きなザックを預け、貴重品を入れた小さなザブザックに変える。
私は着替えの下着とリーダーの堺さんが「持たない方がいい」というストック(杖)を置いて18リットルのザックを背負った。
谷の彼方此方に雪渓が残っている。二つの雪渓を慎重に横断し、「剣山荘」の横を通って「一服剣」を目指す。
ごつごつした岩場をゆっくりと登る。休み無く一歩一歩と高度を稼ぐ。体調は非常に良い。
先々週に至仏山に登ってきているからか足は軽い。1時間も掛からない内に着いた。展望は最高。雲海の向こうに薄く富士山が見えた。ここで朝食。
今日のルートは別山尾根。目の前に黒々と聳え立つ「前剣」を目指す。まさしく岩場をよじ登っていく感じだ。疲れは無い。足も大丈夫だ。高度を稼ぐ。
標高2813mの「前剣」にこれも1時間足らずで到着。いよいよ目の前の剣本邦を目指す。最初にカニのタテバイがある。
鎖が垂直に見える壁に垂れ下がっている。腰に補助ザイルを掛けてもらったが、鎖を利用しながら難なく登る。
怖い感じはちっともしない。
いくつかの鎖場を越え、狭い岩場を乗り越えしながら高度を上げていく。65歳のベテランと63歳の山男が遅れ、足を吊った女性が少し遅れた。私は疲れも無く、足も問題なくリーダーの後を遅れなく付いていった。
9時前に剣岳の頂上(標高2998m)に着いた。天候にも恵まれ、よきリーダーの指導によって簡単に登頂出来た。運が良かったとしか言いようが無い。伊藤さんはこれまで剣を3回攻略したが3回とも登れなかったらしい。今回初めて山頂を踏めて、「ブラボー・ブラボー」と連発していた。
展望は過去のどの山より良かった。近くの鹿島槍や五龍はもちろん、白馬・槍ヶ岳そして雲海の向こうに浮かぶ富士山。
写真を撮り合いしばしの休憩の後下山する。この山は帰りが危険だ。リーダーの話では、昨日も夫婦連れの奥さんが転落死したそうだ。慎重に足場を確認しながら降りる。カニのヨコバイはちょっとしたこつを教えてもらって難なく通過する。後ろの人に教えたが、最後まで伝わらず、伊藤さんはサーカスみたいにして渡ったそうだ。
前剣でおにぎりの昼食をしたが、ご飯がバリバリで一つしか食べれなかった。下りはゆっくりと降りたが3時間もかからなかった。剣沢小屋で登頂を祝ってビールで乾杯。
夕食までの時間が十分あったので、テラスの椅子に座って剣本邦と前剣をじっくりと眺める。そうこうする内に本邦の上部に口を大きく開けた悪魔の顔が浮かび、前剣の右面上部に母親の苦しそうな顔、そしてその左にきっと睨んでいる子供の顔が写っているではないか。赤い夕焼けをバックに黒々とした剣。今日は8月6日。広島に原爆が落とされた日。
8月7日は朝から台風の影響で大雨。カッパの上下を被り、重装備で新室堂を経て、地獄谷を通過し室堂に帰る。バスに乗って、亀谷温泉で入浴と昼食。
立山ICから来た時と同じく北陸・名神で帰宅。変わっているのは親しくなった山仲間と宴会しながらの山談義。予定より3時間も早く大阪に着いた。
この山行きは深田100名山の41座目だ。印象深い登山だった。
終わり
記述日(2001.8.9)
掲載日(2003.3.11)