強風をついてのシリベシ登山
後方羊蹄山は北海道西南部随一の高さを誇る成層火山で、その整った円錐形の美しさから「蝦夷富士」とも呼ばれ親しまれている。
深田久弥は「羊蹄山」と略して呼ぶことを嫌い、あくまで「シリベシ山」と呼ぶことを推奨している。
アイヌ語ではマッカリヌプリ。

9月10日、塩見岳から中1日おいて毎日新聞旅行主催の「後方羊蹄山・ニセコアンヌプリ」に参加する。
伊丹空港から全日空773便10時25分発で、新千歳空港に12時16分着く。
総勢32名。男性14名、女性18名。リーダーは福島さん、添乗員は若い女性と塩見岳で一緒だった吉長さん。

本日は連泊の「ニセコ東山プリンスホテル」に入り泊るだけなので、支笏湖観光する。
66歳の香芝に住むWさんと親しくなる。
天気は良く、湖の対岸の恵庭岳等山なみが美しい。
バスでお隣は66歳のTさん。今回の登山で今年北海道4回目という山のベテラン。ツインルームの同宿者となる。
ジャガイモ畑やトウモロコシ畑の向うに聳える「シリベシ」はいつみても頂上付近は雲に覆われている。鉢巻やレンズ状そして色々な形。但しいつもそれほどの雲の動きは無い。多分風は吹いていないのだろうと想像する。

この付近はスキーのメッカ。ホテルは付近で最も大きく高かった。14階のツインルーム。窓からゴルフ場がすぐ下に見える。池や芝生そしてバンカー。少し懐かしく感じる。クラブを握らなくなってもう三余年経つだろうか。

ここの温泉は素晴らしいロケーションだった。露天風呂に接しての大きな池。其の遠く向うはピンクのレンズ雲を巻いた明日登る予定の「シリベシ」。
温泉に浸かっていると、50cm以上もある大きな鯉が沢山寄ってくる。池の縁に付いているコケをやると「バシャバシャ」と池面を盛り上げて餌を食べに来る。
夕食はTさんとバイキング料理。美味しかった。
9月11日天気は良い。朝の露天風呂から見える「シリベシ」は二重のレンズ状雲を頂上付近に漂わせていた。動きは相変わらず無かった。

バスで半月湖羊蹄登山口に着く。いくつかの登山コースの内、ここは「倶治安(比羅夫)コース」。
32名の多数のパーティーなので二班に分かれる。足の弱い人は前の班へ、健脚組みは後ろへ。後ろのリーダーが吉長さんだったので、私はリーダーの後ろに付く。
登山口の標高は約380m。シリベシの頂上は1898mなので約1500mの標高差を登り降りることになる。
私のこれまでの一日での昇り降り最高は、羅臼岳の1400mだった。
しかし先日、悪沢岳で一日2000m登ってどうも無かったので、今回の登山に不安は無かった。
スポーツで一度出した記録は本人の体が覚えているのか、以下の場合は余裕を持ってクリア出来る。どうやら登山もそうらしい。
今シーズン私は多くの山に登っているが、一番しんどかったのは最初の焼岳で後は楽だった。一度も疲れたり、足が吊ったことは無い。

7時42分ゆっくりと歩き出す。トドマツの人工林から天然の林に変わるが展望はない。3合目からジグザグの登りとなり、ダケカンバが目立つようになった。
10時過ぎ、5合目。3回目の休憩。標高1100m。
やはり北海道はすでに夏は終わり、秋が近づいている。花は殆ど見られない。僅かにイワギキョウとホタルブクロを確認。
11時半8合目で昼食休憩。標高1540m。70歳過ぎの男性が一人遅れるも他のメンバーは皆元気が良い。
リーダーの福島さんは皆に上下のカッパを身に付けるよう指示。天気は良いのに何故付けねばならないかの疑問は直ぐに分かった。
9合目付近の礫地を登り始める頃から風が強く吹き出した。寒くなる。火口壁の上に飛び出すと、中途半端でない強風。前を歩く小柄な女性のザックカバーが風で大きく膨らみそのまま飛ばされていきそうだ。私も飛ばされまいと必死でストックを地面に突き刺す。
この風は少なくとも秒速20m以上はありそうだ。
里から見て風のない穏やかそうな雲の中はこのような突風だったとは。これが「シリベシ」なのだ。
この風とガス・雨の為、同行者で4回目にして始めて頂上を踏めたという人が居た。始めての私は幸せも者だ。

12時40分頂上到達。標高1898m。ガスの為展望は利かず。頂上で小さな可愛いリスが居た。登山者に餌を貰うのか慣れたものだった。
約5時間で1500mの標高差を登ったことになる。1時間300mは私のペース。
午後1時に下山開始。4時間で登山口に下りてくる。
ここは途中に沢も水も無く、ただひたすらに体操訓練のように登って降りると深田久弥が言っていたが正しく其の通りだった。
私は500mlの水を4本持っていったが、丁度3本空にした。
花も無く何の変哲も無い山だったが、頂上付近のレンズ雲の中の強風は忘れられないだろう。

里に降りて振り返ってみれば、やはり穏やかな雲に頂上だけが覆われていた。
百名山62座目の登山だった。
次の日は「ニセコアンヌプリ」の登山だった。標高1308m。登り2時間下り1時間のハイキングだった。展望も良く頂上では「洞爺湖」や昭和新山が見えた。途中でツツジ科の「シラタマノキ」の白い可愛い丸い実を見つけた。これは実は果実でなく、ガクの基部が花後に肥大したものらしい。

ホテルで温泉に浸かり、イクラ丼を食べ、皆で山談義して空港に向かった。空港でいつも世話になっている妻に北海道の土産の定番「六花亭のマルセイバターサンド」を買い(これさえ土産に買って帰れば妻はご機嫌)、札幌ラーメンを食べ飛行機に乗った。
家に帰ったのは午後11時前だった。
(2002.9・13)
終わり
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